渋沢栄一は艶福家か

春の午後、机の上にある桃色の花と筆、紅葉 いま思うこと

渋沢栄一は艶福家か

 かねて経営の歴史を勉強したいと思っていたが、2年前(2024.6)から半年前(2025.12)まで中小企業診断士の試験勉強に注力していたため、読書ができなかった。

 最近、日本近代資本主義の父である渋沢栄一関連の本や新聞記事を読み始めた。一万円札の肖像の人だ。渋沢栄一はかなりの性豪と聞いていたので、ブログ記事を読みあさっていたところ、気になる単語を見つけた。それが「艶福家」(えんぷくか)である。お恥ずかしながら、40代にして初めて聞いた言葉だ。その「艶福家」をGeminiに聞いてみた。

Geminiが答えた艶福家

【言葉の意味】艶福家(えんぷくか)とは、女性から非常にモテる男性、あるいは多くの女性と浮名を流す男性のことを指します。

 意味: 異性に関する運(艶福)に恵まれている人。

 ニュアンス: 単に「人気がある」というだけでなく、どこか色気があり、恋愛遍歴が華やかな男性に対して使われます。

 類語: プレイボーイ、モテ男、好色漢。

「艶福家」に日本語の深みを見た

 類語の「プレイボーイ」「モテ男」「好色漢」について考えてみた。渋沢栄一のことを「プレイボーイ」や「モテ男」と言うのは違和感があるが、「好色漢」とは言えそうだ。何しろ、女中にまで手を出していたという逸話があるくらいだから……

 それにしても、ものは言い様で、現代の日常表現で言うなら「性欲が強すぎてエロすぎる」ことを「艶福家」や「好色漢」というとすごく格好良く聞こえる。まるでバイタリティに溢れ、プライベートも仕事も結果を出すスーパーマンのような響きすらある。

 少し飛躍するかもしれないが、最後に「勇気」をつけると何でも格好良く聞こえるのに似ている。例えば「エロくなる勇気」「女中に手を出す勇気」のような表現だ。最後に「勇気」をつけると、人が嫌がることを進んでやる勇者のような響きが生まれる。

話を戻すが、性豪を「艶福家」と言い換えられることに日本語の深みを感じた。

渋沢栄一の女性遍歴と論語「聖書じゃなくてよかった」

 渋沢栄一のそちら方面の話はこちらのブログを参考にさせてもらった。

「NHK大河ドラマではやはり描きづらい」20人の婚外子をもうけた渋沢栄一の”婦人ぐるい”

論語で無く聖書だったら「てんで守れなかった」

 

 特にここを引用させてもらいたい。

『夫の「婦人ぐるい」がここまで及べば、妻はさぞかし苦労が絶えなかったことだろう。兼子は晩年、子供たちによくこう話していたという。

「大人たいじん(栄一のこと)も論語とはうまいものを見つけなさったよ。あれが聖書だったら、てんで守れっこないものね」。

 たしかに、聖書はモーゼの十戒に「汝、姦淫するなかれ」と書かれているが、論語は性道徳に関してほとんど触れていないのだ。』

幕末のイケメン、渋沢平九郎

 渋沢栄一の従兄弟で見立養子の渋沢平九郎

という人物がいるが、ものすごいイケメンである。背も高く、まるで俳優のようだ。

 もし、渋沢平九郎が明治まで生きていたら間違いなくモテ男になっていただろう。

 さて、イケメンで自然ともてるだろうと思われる人物を「艶福家」と言ったらどうだろうか。違和感がある。

 日本語は難しい。

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