足利学校の宥坐之器(ゆうざのき)と鑁阿寺(ばんなじ) 学問の場と修行の場

最終更新日: 公開日: 2026/09
旅の思い出障子の部屋の赤い布の台に置かれた、屋根の付いた宥坐之器

足利学校へ

 足利学校に行った。静かなたたずまいで、日光よりも近く、北関東で歴史を感じられる場所だからだ。

 2026年9月20日、高校からの付き合いの同級生と二人で出かけた。

この日の経路(午前)
太田駅 →(東武伊勢崎線(いせさきせん))→ 足利市駅 → 足利学校 → 足利学校稲荷社 → 鑁阿寺(ばんなじ) → めん割烹(かっぽう)なか川 → JR足利駅(午後は両毛線で桐生へ行き、上毛電鉄に乗った)

 東武の足利市駅には、「渡良瀬橋(わたらせばし)」の展示コーナーがあった。渡良瀬橋には行かなかったが、熊本出身の森高千里さんが栃木の歌を歌っていたことに興味を持った。

メモ:「渡良瀬橋」
 1993年の森高千里さんの曲で、作詞は本人。2015年7月24日に、東武足利市駅の列車到着メロディになった(同じ日に、JR足利駅の発車メロディにも)。公式プロフィールの出身地は熊本県。

方丈(ほうじょう)は茅葺屋根(かやぶきやね)の工事中(2026年9月〜2027年3月)

 一部工事中の箇所があって入れなかった。

メモ:工事と参観
 方丈の茅葺屋根の工事は、2026年8月21日から2027年3月25日まで(予定)。工事の間は、方丈の建物の中と南庭園の前の通路などに入れない。
 参観は9時から17時まで(10月から3月は16時30分まで。受付は30分前まで)。休みは原則として毎月第3水曜日と、12月29日から31日。参観料は一般480円。JR足利駅から歩いて10分、東武足利市駅から15分。

曇りの日の孔子像と、立て札の名前

 入口の近くに、孔子像が立っている。天気が悪く、曇っていたが、かえってそれが神秘的な感じを想起させた。

史跡足利学校の入口近くに立つ孔子像。曇り空

 構内の木の前には、立て札が立っている。皇太子殿下や東郷平八郎と書いてある。天皇家や歴史上の要人まで、色々な人に大事にされていてすごいと思った。

メモ:立て札
 奥の札は「皇太子殿下行啓(ぎょうけい)記念 明治四十三年九月八日」、木の幹の札は「孔昭潤(こうしょうじゅん)氏手植(てうえ) 孔子七十一代傍系孫(ぼうけいそん) 昭和十年五月四日」、もう1枚は「月桂樹 海軍大将 東郷平八郎手植 明治三十九年十二月二十三日」。
 『足利学校年譜』(1938年)には、明治39年12月23日に東郷平八郎ら海軍の将官が参観して記念の木を植えたこと、明治43年9月8日に皇太子(後の大正天皇)が訪れたこと、昭和10年5月4日に孔子の71代の子孫にあたる孔昭潤らが記念の木を植えたことが記されている。

大成殿(たいせいでん)の孔子と小野篁(おののたかむら)

 大成殿の中に、孔子と小野篁の坐像(ざぞう)がある。小野篁の像で気になったのは、その歴史の重みだった。

足利学校の大成殿(孔子廟)。「大成殿」の扁額と開いた扉

メモ:孔子坐像と小野篁坐像
 大成殿(孔子廟(こうしびょう))の木造孔子坐像は、天文(てんぶん)3年から4年(1534〜35年)の作で、栃木県の指定文化財。木造小野篁坐像は江戸時代の作で、足利市の指定文化財。
 足利学校を誰が始めたかには、平安時代の小野篁とする説を含めて四つの説があり、はっきりしない。確かな歴史は、1439年に上杉憲実(うえすぎのりざね)が書物を寄進(きしん)してからである。

「Bandu academia」と図書館

 足利学校の中を散策した。東北側の建物に、大航海時代の地図やザビエルの写真があった。地図には「Bandu academia」と書いてあり、歴史の古さを感じた。

 一番歴史を感じたのは、「学校」の扁額(へんがく)の本物が置いてあったことだ。図書館が併設されていて、静謐(せいひつ)な空間で神聖な感じがした。

メモ:坂東(ばんどう)の大学
 ザビエルは1549年11月5日、鹿児島からゴアのイエズス会員に宛てた手紙で、足利学校を日本で一番大きく有名な学校として紹介した。オルテリウスの『世界の舞台』(1570年)の「東インド図」では、日本の島に「Bandu」(坂東)と書かれ、足利学校のことを示している。

メモ:扁額と図書館
 学校門(寛文(かんぶん)8年・1668年)に掲げられた「學校(がっこう)」の扁額は、明の蒋龍渓(しょうりゅうけい)の書を、狛高庸(こまたかやす)が縮めて写したものと伝わる。
 足利学校遺蹟(いせき)図書館は、明治36年(1903年)に始まった栃木県で最初の公立図書館。今の建物は大正4年(1915年)のもので、1980年まで図書館として使われた。今は企画展の会場になっている。足利市の指定文化財。

庫裡(くり)の入口の宥坐之器(ゆうざのき)

 方丈(ほうじょう)が工事中のこの日、宥坐之器は庫裡の入口に置いてあった。器と柄杓(ひしゃく)があって、水を入れれば垂直になり、水が入り過ぎると器が倒れ、水が無くなる。そういった故事に因(ちな)んだものだ。

 資格を取ってからがスタートだと、語りかけてきている気がした。

メモ:宥坐之器(ゆうざのき)
 『荀子(じゅんし)』宥坐篇(ゆうざへん)の話が元になっている。孔子が魯(ろ)の桓公(かんこう)の廟(びょう)で見た器で、空だと傾き、ほどよく水が入るとまっすぐに立ち、満ちるとひっくり返る。足利学校の器は、館林市の鍛金師(たんきんし)・針生清司(はりうせいじ)さんが作って寄贈したもので、足利市は「有坐(ゆうざ)の器」と書き、孔子の「中庸(ちゅうよう)」の教えを伝える器として紹介している。

足利学校稲荷社

 足利学校の隣にある神社に寄った。神社が気になったのと、子供の学業成就を願った。

足利学校稲荷社の石の鳥居と社殿

メモ:足利学校稲荷社
 正式には「正一位霊験稲荷社(しょういちいれいげんいなりしゃ)」。学校門の手前にあり、約500年前の創建と伝わる。

鑁阿寺(ばんなじ) 学問の場と、修行の場

 鑁阿寺に行った。堀を渡る時の橋に櫓(やぐら)があって素敵だった。

 池や塔や地蔵があり、広くて良く整備されていて、古い木々が生い茂っていて、神聖な印象だった。学問をする所と修行をする所の対比だ。寺の方が高い木々に覆われて守られている感じがして、落ち着いた。

メモ:鑁阿寺
 真言宗大日派の本山で、密教の寺。建久(けんきゅう)7年(1196年)に足利義兼(あしかがよしかね)が出家し、館の中に持仏堂(じぶつどう)を建てたのが始まりとされる。本堂には開基(かいき)「鑁阿上人(ばんなしょうにん)(足利義兼)」の像がまつられ、本尊は大日如来(だいにちにょらい)(地元では「大日様」)。今も毎月28日に本堂で護摩(ごま)が焚(た)かれている。
 足利氏の館の跡で、堀と土塁(どるい)が四方を囲んでいる(国の史跡「足利氏宅跡(あしかがしたくあと)」)。堀に架かる屋根付きの反り橋(そりはし)は「太鼓橋」と呼ばれ、江戸時代後期のもの。県内で唯一の屋根付きの橋として、栃木県の指定文化財になっている。本堂は1299年に足利貞氏(あしかがさだうじ)が建てたもので、国宝。

昼は、めん割烹(かっぽう)なか川で天ぬき

 昼は、めん割烹なか川で食べた。身欠き(みがき)にしん。温かいつゆに天ぷらが入っている天ぬき。それと日本酒の飲み比べを3種。

めん割烹なか川の膳。身欠きにしんと小鉢、箸袋に店の名前

 更科(さらしな)蕎麦(そば)など3種の蕎麦と、本格的な日本酒が楽しめた。

メモ:天ぬきと、なか川
 天ぬきは、天ぷら蕎麦の蕎麦を抜いたもの。天ぷらでコクが出た汁に、もり蕎麦を付けて食べる、江戸の通人(つうじん)の食べ方だという。なか川は相田みつをが毎日のように通った店で、一番好んだのは甘露煮(かんろに)だったという。
 天ぬきの写真は、なか川のお品書きのページにある。

JR足利駅 EF60と、10年以上前

 JR足利駅の前には、電気機関車が保存されている。10年以上前よりも電気機関車が朽(く)ちていて、自分も歳を取ったと思った。

 その時も同じ友達とふらふらして、泊まった。帰りはりょうもうで春日部(かすかべ)まで行って別れた。

メモ:EF60 123と、足利市民憲章
 駅前の電気機関車は、EF60形の123号機。1964年(昭和39年)に造られ、1987年(昭和62年)に廃車になった後、ここに保存されている。
 駅前の「足利市民憲章」(昭和45年制定)は、最初の項が「足利市は日本最古の学校のあるまちです。」。

 ここからJR両毛線で桐生へ向かい、午後は上毛電鉄に乗った。

次は、晴れた日に

 狭いけど見所が多いので、時間を取ってめぐるといいと思う。

 資料館的な所があって、時間的に寄れなかった。あと、天気が悪かったので、今度は天気がいい時に行きたい。

参考

史跡足利学校(足利市)
参観案内(足利市)
孔子と有坐の器(足利市)
足利学校の歴史(足利市)
企画展「キリスト教宣教師と足利学校」アーカイブ(足利市)
足利学校遺蹟図書館(足利市)
足利学校年譜(国立国会図書館デジタルコレクション)
学問の聖地 史跡足利学校(足利市観光協会)
鑁阿寺太鼓橋(とちぎの文化財)
足利氏宅跡(文化遺産オンライン)
鑁阿寺本堂(文化遺産オンライン)
国宝 鑁阿寺(公式)
建築物案内(鑁阿寺)
行事案内(鑁阿寺)
プロフィール(森高千里 公式サイト)

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